fumée d'ambre girls

出来の悪い人。思ったこと、考えていることを書く。何か嫌になったら逃げ込んでくる。音楽を作る。

何もない

気がつくと何も気にならなくなっていた。人で溢れかえるホームも、切迫が犇めく車内も、全てが感情を持たないオブジェクトのように脳が認識する。これが陰性なのか陽性なのかは分からないが特に気分を害するものでは無いのは確かだ。これも障害の一つだと医師は定義するのだろうか。

先週末、最寄り駅近くで人身事故が発生し乗っていた電車が止まった。20分程で運転を再開するというアナウンスが流れたが、最終的に運転再開は75分後となった。行き先を変更した車輌は止まり駅まで走ると乗客と僕をホームに降ろした。周りは人でごった返していて、様々な感情が犇めき合っていた。苛立ち、困惑、虚無や切望。端末を耳に当て声を荒げる男、悪酔いしたように暴言を吐く女。誰もかれもが自身の時間を奪われた事に憤慨しているように見える中、僕の視界の隅でただ沈黙を保ち続ける1人の少女がいた。学生だろうか。勤勉さを感じさせる出で立ちだったが、彼女が手にしていた本は学業とは縁など無いであろう文庫本だった。標準より分厚く見える。果たしてあの本にはどんな世界が描かれているのだろうか。

この時、僕は“気になる”という感覚を取り戻した。久方ぶりに現れたそいつは突然に僕を苦しめた。先刻ホームから飛び降りた男の顛末が気になって仕方がない。彼はどういった日常に居たのだろう。何が日常を圧迫したのだろう。他者の時間と引き換えに何を手に入れたのだろう?或いは何を失ったのだろう?命だと言われてしまえばそこで疑問は潰えそうなものだが僕の場合そうはいかない。いや、正確に言うなら、そうはさせてくれない。彼が身体の一部を失ったのは確かだ。だがもし一部を失っただけであれば別の何かを手に入れた筈だ。失業?安堵?平穏?身を案じてくれる友人や家族?いや、その逆かもしれない。失業、軋轢、不穏、自身から遠ざかって行く友人や家族。色んな顛末が頭の中を過ぎったその時、「みんなもう帰ろう!電車も止まっちゃったしダメだよ今日は!帰ろう早く!早くみんな帰ろう!」と声を上げながらホームを練り歩く男性がいた。歳は僕より6つ7つ上だろうか。良くも悪くも、“イっている人”そのものだった。周囲は怪訝、或いは迷惑そうに彼を睨んでいたが、僕は飛び込んだのが彼じゃなかった事に安堵していた。

と、そこでハッとなった。たった今、僕は実際に電車に飛び込んだ男を身代わりにして目の前の気狂いが喚いてることを肯定した。ついさっきまで興味を建前に散々と顛末を憂いていた彼の事を、たった一瞬で僕の中から消した。殺したのだ。

僕は酷く自分が怖くなり、思わず手に持っていたオーディオプレイヤーのボリュームを上げた。まるでそこに実在した人殺しを音像で掻き消す様に。

これだから嫌なんだ、“気になる”って現象は。

悪辣な自己弁護と同時に、オーディオプレイヤーがボリュームを上げた。誰にも聞こえないように、静かに音を大きくした。