fumée d'ambre girls

出来の悪い人。思ったこと、考えていることを書く。何か嫌になったら逃げ込んでくる。音楽を作る。

Amber girls

夏になる。

空も海もアスファルトの照り返しも、共用施設の構内も空調機器も、全部全部、夏になる。

 

昨年の夏の記憶はまるでない。よく曲を作って、よく歌っていた気がする。

それから投薬を再開してちょうど1年が経過した頃でもあったと思う。副作用は幻覚、幻聴、夢遊行動ぐらいのものでこれといって生活を害するものは無く、ただ漠然とカレンダーの予定欄を埋めていくように、憮然と溜まった昨日の老廃物を浄化させるように、固形を確かめ数を数えては何の躊躇いも無く食道に流し込む。社会、家庭、友人等との社交が只々億劫で、生きている人間として数えられるのも釈然としない生存。周りの知人は皆一日に精を出し、成果や格差等の優劣とは無縁な生活を送っているように見えた。

 

僕はよく専門医に呼び出されて通院する。診察は完全予約制なんだけれど、何故か診察時間外でも診てくれたり、一緒に喫煙し談笑したり、少しでも楽になるようにと経済援助の手続きまで勧めてくれたり、ある種身内のように接してくれる医者だ。「君、死ぬよ?」と真剣に釘を刺されることも多かったが、その度に僕は「自ら死のうとは思わないですよ。それで誰かが責められるのは嫌だし。先生だって勝手に死んだのは僕なのに、自分のせいにされるのは心外でしょ?」と返す。

一体何が怖いのか、何故そのような思考に至るのか自分自身でもわからない。「君は本当に不思議だね。鬱病では無いのにどうしてそういう回答が出来るのかわからない。しっかりと意思はあるし離人病でもない。」、「面倒くさい奴で申し訳ない…」なんて会話も度々起きる。その度に良い医者に出会ったなぁとつくづく思う。1ヶ月近く通院をトチったら電話をかけて来て病状を問い、そして「明日、必ず来なさい。」と釘を刺される。それが医者の仕事だと言ってしまえばそれまでなのだけれど、問診してマニュアル通りに処方箋を出して終わりという医者が特に多い精神医療の世界ではとても稀な人だと思う。彼のおかげか今は無事通勤が出来ている。

思考の中から完全にすっぽ抜けていた『医者の治療に対する責任を慮る』ということ。どんな行動を取っても、僕次第で彼が責められる可能性があることにまるで気付いていなかった。無知蒙昧とまでは行かないがとても傲慢だったなと今は反省している。それからはちゃんと予約を取って、その日の診察時間内に通うようになった。ただそれだけのことが出来ていなかったが故に、叩けばすぐにボロボロと崩れ落ちるような壁で覆われた無窮洞を延々と回っていたのかと呆れる。

 

そんな生産性の無い日々の中でも、何故か芸術には必死にしがみ付いているのが謎。全くわからん。空想を現実に引き込み、また現実から空想へ行ったり来たりと、何か知らない物を知りたがるのはもうちょっと自尊心を満たしてからじゃないかね…と自分で首をもたげる。

 

あ〜今年も暑い熱い篤い。

ぶ厚い本も嫌いだけれど、日光の暑さはもっと嫌いだ。肌が炎症を起こす。多分、脳は熱いと認知している。だって痛くて熱いんだもの…かといってそれに抗おうとする精神はというと、とても希薄なのである。

おっと、これはこれは…なんと冷たくて重篤な生き物だこと…。

 

そんな中で、陽の光なぞに負けんばかりの眩い笑顔ではしゃぎ、道を行き交う 琥珀色の少女 達が僕にはとても美しく見える。

意味のわからない会話の端々に、何か…何かを思い出しそうになる。

きっと大切だった何か。

みんなは覚えているのかなぁ…。

 

かしこ