fumée d'ambre gris

出来の悪い人。思ったこと、考えていることを書く。何か嫌になったら逃げ込んでくる。音楽を作る。

神のせい

やっぱり人の都合、気持ちを考えられない人間なんだなとさっき改めて実感した。落ち込む度に反芻を繰り返すがいつかポツリとそいつは消えて無くなりそして忘れた頃に巨大な影として現れる。その度に僕は神を憎む。そしてそれを信仰する馬鹿たちに目尻を痙攣らせる。やはり僕はアイツが嫌いで殺したい。本当に仏教の家に育って良かったと思う。神道とかそっちら辺の家に生まれてたら身内全員殺してただろうと思うくらい僕はアイツが嫌いだ。そしてアイツを信仰してお告げだ何だのと言って大量虐殺なんかを行うクソどもにも殺意を持つ。ましてやその神とやらが本当に存在し、自分が生み出したと宣いその行為が行われているのなら神は人間を掃除する為に人間を使って尻拭いをしていることになる。そうなったらもう本当に救いようのない話で僕はミサイルでも核でも何でも使ってそいつを殺したい。ただ人々から崇められ何時になっても姿を現さず悦に浸っているだけのソイツこそクズの頂上にあたるべきだと思う。神はクズだ。そんなものに時間を割きたくもない。そう言いながらもこんなモノを書いてしまうほど僕はクズ中のクズなのだ。

そこで僕はこんなことを閃いた。神や宗教なんかは頼ったり祈ったりするものではなく、使うものなのだと。何かヘマを犯したら神のせいにすればいい。何かふと魔が差して罪に触れたら宗教のせいにしてしまえばいい。そうすればアイツの立場は一気に急降下し、人間に使い慣らされ、地べたにひれ伏しその頭を踏み潰す事が出来る。愉快だ。実に愉快だ。それでようやく人類は納得し全て神から受けた洗脳であり神こそが諸悪の根源だったのだと気付き争いも無くなるだろう。それでも争いを起こす奴は人間が作った法で裁き殺せばいい。大衆の前でこいつは神の残りカスだと斬首すればいい。いやはや実に愉快だ。幸せだ。もしかしたら僕は人間という生物に、知能に取り憑かれているのかもしれない。そんなことをまるでフルーツの缶詰を開けそこない、ダラダラとシロップだけが流れ出しているような脳で考えるのであった。