fumée d'ambre gris

出来の悪い人。思ったこと、考えていることを書く。何か嫌になったら逃げ込んでくる。音楽を作る。

垢とルレーブ -Ⅱ-

「ただいまー。」

帰宅の合図をかけたのに、いつものようにママの声が返ってこない。どうしたんだろう?と不思議に思いながら、私は2階の自分の部屋を目指した。すると、寝室のドアが開いていて横になっているママをパパが不安そうに見ていた。

「どうしたの!?」

と私は声を荒げ急いで二人の近くに駆け寄った。するとパパがあぁ、いや...とよくわからない返事をしたので私は更に声を荒げる。

「ママに何があったの?悪い病気!?」

「あ、いや...これは違うんだ...僕と話をしている時に貧血になっちゃったみたいで....えーっと、君がサーシャちゃん、かな...?」

「そうなんだ...。」

私はママが病気や怪我などで横になっているのでは無いとわかりホッとした。でも、それ以上に...

「で、なに?そのサーシャちゃんって。パパはママが倒れたショックで頭がおバカになっちゃったの?それともママと喧嘩でもした?その拍子に麺棒で叩かれてそれでおバカになったの?」

私は、二人が私を驚かすために、お芝居でもやっているのかと思い、少しだけ呆れた。そんなことしたって私が驚くわけないじゃない。

「いや、違うんだ。僕は君のパパ、えーっと...チャールっていう人じゃなくて、別人なんだ...。」

まだ私をからかうつもり?一体今日はなんだっていうの?私はなんだかイライラしてきて怒鳴った。

「二人ともいい加減にして!!私はそんなことで驚いたりするようなおバカさんじゃないの!早く止めにしないと本当に怒るわよ!」

「違うんだ...!!本当に!僕はチャールでも君のパパでもなくて、中村雅っていう日本人なんだ!気がついたらここにいて、そしてミリアさんと話をしているとミリアさんが倒れてしまって...。」

パパは一体何を言ってるんだろう。なかむらみやび?なにその変な名前。まだ冗談を続けるというの?でも私はそこでようやく気がついた。普段は優しくて、物静かで何事にも動じないパパがすごい大粒の汗をかいているのに。喧嘩なんかよりも何か大変なことが起きているんだ...。私は自分の気持ちをスッと落ち着けてパパに聞いた。

「パパ、昨日は明日こそルレーブを見つけに行くって私と約束をしたの、覚えてる?」

「ルレーブ?何だいそれは...。誰か人の名前?もしかして君以外に兄弟がいたりするの?」

駄目だ..。昨日二人で内緒に約束した事も覚えていない。というより知らないんだ。だってルレーブを他の兄弟だなんて...。そこで私はハッと思い出した。昔読んだ本に、人の中身が入れ替わる魔法の物語あったことを思い出した。だから私は今までの事スッパリと切り捨てパパに聞いた。

「パパ。いや、みやびさん。あなたはお巫山戯じゃなくて本当にパパじゃないのね?」

すると彼は一瞬だけ驚いたような顔をした後、すごく真剣な顔で私に言った。

「うん、そう。僕は君のパパじゃ無いんだ。気がついたらすごい綺麗な平原にいて、そしてこの家を見つけたから歩いてきた。すると君のママが出てきたから話をした。僕はチャールでも貴女の夫でもないと...。そうしたら君のママが倒れてしまって...。」

嘘じゃ無い。私にはなんだかそんな風に感じられて、少しだけ話をしよう、とみやびさんに言った。するとまた彼は驚いたが必死の表情で頷いた。

「ママに聞こえないように別の部屋でしましょう。」

「うん、ありがとう。サーシャちゃん。」

ごめんね...とママに思いながらキスをして部屋から出た。そして私の部屋に入って話を始めた。

「えーっと、まずは状況を整理させて。貴方の言ってた話だけど、貴方は日本、えっと...ジャパンの人で、気がついたらここ、アメリカのジョージア州オールバニの私の家の側にいたってことね。」

「うん。合ってるよ。」

やっぱりパパじゃない...話し方がまるで違うんだもの。だから私はそこから呼び方を変えた。パパがパパじゃ無くなっちゃうのはとても悲しいけれど、もしかしたら私が頑張ればパパを元に戻せるかのかもしれないのだから。

「それじゃあミヤビさん。貴方は日本で何をしていたの?」

「IT企業の会社員。そうだな...インターネットに携わる仕事だ。」

「いんたーねっと...?何それ?」

「え?インターネット知らないのかい?お友達とパソコンやスマホを使ってチャットしたりしないの?」

「パソコンはお金持ちの人だったり、学校にあったりするけど...そのすまほ?とかちゃっと?っていうのは聞いた事がないわ。」

そう答えるとミヤビさんは一瞬ハッとしたような顔をしてこう聞いてきた。

「サーシャちゃん、今日って西暦何年の何月何日?」

そんなことも知らないの?と思いながら私は答えた。

「1978年、5月14日。」

「1978年...!?」

ミヤビさんはびっくりしたような顔をしてワナワナ震え始めた。

「どうしたの?そんなに驚いて。ていうかそんなことも知らないの?」

そう私が問うとミヤビさんはこう返した。

「いいかい?サーシャちゃん、これは冗談でも何でも無いんだ。真剣に聞いてくれ。僕が目を覚ましてここに来る前は2017年6月13日だったんだ。」

「2017年!?何それ!嘘よ!半世紀も先の未来からやってくるなんて...。そんなお話、本でも映画でも見た事が無いわ!」

「それは僕も同じだよ!いや、同じでは無いけれど...でも、僕も考えられない。現実にこんなことが起こるなんて...。」

「じゃあもしそれが本当だとして、そんな時代からどうしてここへ?」

「わからない。それは僕も是非知りたいよ...。」

そういうとミヤビさんはがっくりと項垂れてしまった。

「何故...僕は一眠りしたら自殺するつもりだったのに...。」

自殺?今ボソッと彼が呟いたのを聞き逃さなかった。

「ミヤビさん、自殺しようとしていたの?それは何故?こんなに美しい世界なのに!」

私はついカッとなってしまって声を荒げた。でもミヤビさんは表情を変えず子細い声でこう言った。

「違うんだ...違うんだよサーシャちゃん。僕が生きている世界はこんなに美しくなんか無い...酷く...汚れた世界なんだよ。この時代より遥かに便利で快適な世界なんだけど、それが裏目に出た。というより、そうなることは十分考えられていたけれど、人類はそれを無視して先に進んじゃったんだ。その結果、勉強をすれば、誰しもがボタン一つで戦争を始められるような世界になってしまった...。」

ボタンひとつで戦争を始める?その言葉を聞いた時、背筋がゾッとした。じゃあ私でも爆弾を落としたり、戦車で遠くの人々を撃てるというの...?

「なんで?なんで先の世界はそうなってしまったの?みんなおバカさんになっちゃったの?」

「違う。その逆だよサーシャちゃん。人間はとても賢くなった。お家だってここよりもっと綺麗で便利なものになった。そして世界中にお友達を作れるようにもなるんだ。...ただ賢くなった分だけ、悪い事を考えるのも賢くなってしまったんだ。」

私は驚くと同時にハッと納得しまっていた。そうだ...いつの時代にも、悪い人なんて沢山いるんだ...と。そう考えているとミヤビさんがどうかお願い、と私に手を合わせていた。

「サーシャちゃん。僕がこの場所にやってきた順序なんかをお母さんに、ミリアさんに話して理解させて欲しい。僕がこの姿でいくら言っても話にならないからね...。ただ、今僕が話した未来がどんな世界になっているかは秘密、二人だけの内緒話にしてくれないかい?ミリアさんを失望させたく無いのと同時に、もしこの世界にそんな話が広まってしまったらこの世界の悪い人たちがどんなことをしでかすかわからないからね...。」

「うん、わかった。お母さんに話してみる。」

「ありがとう。」

そう話を終えた時、

「貴方?サーシャは帰ってるの?」

と2階からお母さんの声が聞こえた。