fumée d'ambre gris

出来の悪い人。思ったこと、考えていることを書く。何か嫌になったら逃げ込んでくる。音楽を作る。

図解せず

頭の中のラクガキは未だ消えなくて
夢にまで現れたそいつを飼いこなせなくて

いくつか知れた名前を与えられて
なんとなく生きる意味にしてみたり
でもそんなこと梅雨知れず、あいつは現れて僕を覆ってくんです

頭の中のラクガキは未だ消えなくて
夢にまで現れたそいつを飼いこなせなくて
こいつならもしかして、なんて思ってまた空想に耽るんです

ほら、また生きたくて聞こえないフリをした

頭の中のラクガキは遂に見かねたのか
枕元に現れ、話しかけてきて
「お前なんか消えてしまえ」
笑ってまた眠りに付くのです

翌朝、液晶を照らすと
ビルから少年が飛び降りていたのです

LingLi

突然ではあるが僕は『無神論者』だ(広義的な意味で)。何か物事を起こす際、祈りを捧げたり崇拝して恐れを抱いたりすることはない。ただ僕のこの考えは少数派であり、また公言を控えるべき思想なのだと、ここ最近になってようやく理解することができた。

僕はよく色々な物事を批判する。そこは捻くれ者の性故にどうしようもないのだけれど、この捻くれ者という代名詞が纏わる起因として上述した『無神論』という思想の有無がある。

 

宗教信仰者は時に『神よ!』と賛賞したり喜んだり、また懇願したり憂いたりする。物凄く率直に、簡単に控えずに揶揄すると僕はその姿が出来損ない、もとい気狂いそのものにしか見えない。物事が上手く行った時には自分達は正しかったのだとその信仰を肯定するような発言をするが逆に上手くいかなかったりするとその疑問点を信仰に向けたりする。甚だ馬鹿馬鹿しく実に下らない。ところが大きな成功を収めた者の中に神の加護なぞと発言するものは少なく、全ては自分自身の力で勝ち取ったのだと、突然今迄の信仰を無かったかのようにしあっけらかんとする奴もいる。僕から見るとようやく気付いたか、ぐらいのものである。返って未だ成功を求められなかったり失敗を繰り返している者ほど、神への信仰が足りないのだという発言が増えてくる。この現状が何を意味するのかというと、要するに『有神論』を根に生活を送る人は知らぬ間に己等をその神とやらの奴隷や一駒のように扱っているのである。増して悲しいことにそれに自覚が無い。側から見ていると非常に滑稽である。『よくぞやってくれた!』、『何故こんなことをするのだ!』と同じ相手に向かって言動する様を僕は良く見て来た。勿論人間同士の話だ。するとその質問に対して沈黙してしまったり、理由を述べたりする。そういう事象の積み重ねで今の歴史や技術は成り立って来たのだと僕は考えるのだが有神論者の諸君はどうやって人類が発展してきたのかをどういう風に考えているのか知りたくなる。仮にもその信仰とやらで何かしらの返答、解決策が見つかるのならまだしも姿を見せもせず沈黙を続ける相手に必死に訴えかけたことが人類の発展に貢献したとでも思っているのだろうか?いやはや不思議で堪らない。よくそんな身分で自我だの欲だのを抱けたものだなと逆に感心する。一体彼等は何を目的に生き、また生まれて来たのだろうか?生命は本能的に度々起こる困難や壁といった現象に抗おうとする。僕はそれ自体が『生きる』という行為の起因なのだと思っているのだが彼等はどう思っているのだろうか?いつまでも得体の知れないものに媚び諂い何の成果もあげられないと今度は他人の思想、心理にまで足を踏み入れ自らの思想を押し付けたりしてくる。これが僕が無神論者であり有神論者を嫌う一番の理由である。その神とやらの全知全能たる者の使いにでもなった気になって他人のテリトリーを荒らしにくる。率直に言ってムカつくし詐欺、妨害、洗脳の一種としか僕には捉えられない。自由の国なぞと謳うあの大国。多くの科学的進歩、人類の新たな道への進出を先導して行なって来たあの国にもそういった考えを持っている人間が多くいるのだと考えると本当に下らないし国家繁栄の足を引っ張っているようにしか見えない。人類の進化は我々の神への信仰のおかげなのだと宣う奴らは、仮にそうだとしたら自分達には何の力もなく『偶像に縋って生きて来た我々こそが偉大なのだ』等といずれ言い出すのだろうか?また今では過激派などと呼ばれる組織が神のお告げだ等と言って関係のない生命を奪うまでに及んでいる。そこに人間、一生物としての価値があるのか?人権が必要なのか?僕には全くもって理解しかねる。

おっと、これ以上書き出すと侮蔑と蔑視が入り乱れた文章に成りかねないので申し訳ないがここでまとめとする。

 

己の思想観念を人に話すことほど愚かな行為はない。目標、夢、などはその野望を達成した後に言うのが実に効率的と言える。夢を語るのは後出しでいいのだ。というよりそっちの方が明らかに得である。説得力も出てくるしね。

僕も今後は自分の意思表示は最小限に抑え、地道に勝手に生きていこうと思う。但し、それをある程度公示しなければいけない世の中であるのも事実だ。あー考え出すとキリがない。もし神とやらがいるのなら僕が祈るのはただ一つだけ、早く浮世を終わらせてくれ、とそれだけである。人間にとって生きるという行為は他の生物に比べて余りにも無駄が多く、目的が途方もなさ過ぎる。

 

まぁ、だからこそ面白いのかもしれないのだけれど。

 

しかし、芸術というフィルタを通して見ると宗教とは中々興味深く、美しいものでもある。うん、世の中難しい。

 

ひくめき

Alc.が充満した曲なので心配しないでください。

 

soundcloud.com

顱頂孔

 

未来見たい

ミライ見たい

ミライミタイ

 みらいみたい

 

過去と今、嫌い!キライ!

過去と今から逃げたい!

過去と今からもう抜け出したい!

 

未来見たい
ミライ見たい
ミライミタイ
みらいみたい

 

なんだか未来みたい...此処は?

心中

あいつを殺したくて仕方がない1日だった。もう呪縛は解けているはずなのにまだ縁が繋がっていて、こういう人間になってしまった所縁があるのが許せない。そして俺はあいつが死ぬ日を待ち望んではダラダラ、グラグラ、と項垂れ続け、時に憎しみに全身を染め此岸に立ち尽くしているのだろう。

正直、生きているのは母を不幸にしないということだけでそれ以外に目的は無い。何度も裏切られ騙されついには人格までも歪められてしまった彼女を大往生させる以外に意味はない。

その残された時間の中で俺は書き、読み、鳴らす。それだけは怠らぬよう、自分を救ってくれたそれだけは裏切らぬよう只々沈黙を続ける。

やがてその時が訪れれば、僕は子供達の為に動く。大人になりきれない子供達も、子供のまま大人になってしまった者達にも、ただそれらだけの為に歌う。満たされている奴らに興味はない。俺は音楽でそれらの者を救い、そして同時にあいつを殺す。きっとこの理念は一生消えることはない。だからその時まで俺は彼を待つ、約15年、こんなどうしようもない奴の為に時間を使ってくれた。そして今自分の為に使っているその時間が終わるまで俺は待つ。

そしてその2人が再度重なった時、俺は人々の前に姿を現わす。幾百をも超える子供達のために。

神のせい

やっぱり人の都合、気持ちを考えられない人間なんだなとさっき改めて実感した。落ち込む度に反芻を繰り返すがいつかポツリとそいつは消えて無くなりそして忘れた頃に巨大な影として現れる。その度に僕は神を憎む。そしてそれを信仰する馬鹿たちに目尻を痙攣らせる。やはり僕はアイツが嫌いで殺したい。本当に仏教の家に育って良かったと思う。神道とかそっちら辺の家に生まれてたら身内全員殺してただろうと思うくらい僕はアイツが嫌いだ。そしてアイツを信仰してお告げだ何だのと言って大量虐殺なんかを行うクソどもにも殺意を持つ。ましてやその神とやらが本当に存在し、自分が生み出したと宣いその行為が行われているのなら神は人間を掃除する為に人間を使って尻拭いをしていることになる。そうなったらもう本当に救いようのない話で僕はミサイルでも核でも何でも使ってそいつを殺したい。ただ人々から崇められ何時になっても姿を現さず悦に浸っているだけのソイツこそクズの頂上にあたるべきだと思う。神はクズだ。そんなものに時間を割きたくもない。そう言いながらもこんなモノを書いてしまうほど僕はクズ中のクズなのだ。

そこで僕はこんなことを閃いた。神や宗教なんかは頼ったり祈ったりするものではなく、使うものなのだと。何かヘマを犯したら神のせいにすればいい。何かふと魔が差して罪に触れたら宗教のせいにしてしまえばいい。そうすればアイツの立場は一気に急降下し、人間に使い慣らされ、地べたにひれ伏しその頭を踏み潰す事が出来る。愉快だ。実に愉快だ。それでようやく人類は納得し全て神から受けた洗脳であり神こそが諸悪の根源だったのだと気付き争いも無くなるだろう。それでも争いを起こす奴は人間が作った法で裁き殺せばいい。大衆の前でこいつは神の残りカスだと斬首すればいい。いやはや実に愉快だ。幸せだ。もしかしたら僕は人間という生物に、知能に取り憑かれているのかもしれない。そんなことをまるでフルーツの缶詰を開けそこない、ダラダラとシロップだけが流れ出しているような脳で考えるのであった。

for EnoShima

先日、高校時代の部活の部長に、

『来なきゃ殺す。』

と恐喝されて鎌倉と江ノ島に行って来ました。待ち合わせ場所に着いた時にはマリファナをバッチリ決めたイケメンと一つ下の後輩がいました。そこから電車を乗り換え鎌倉へ。わりと自宅からのアクセスが良く快適に着いたと思っていると江ノ島電鉄は人で超満員。風情もクソもねぇなと思っていましたが木々や住宅の間を縫って進み、一瞬で視界が開け、広大な海を目にした時は思わずおぉ…と声が漏れてしまいました。

鎌倉に到着して適当に歩いていると長谷寺というお寺に行き当たり参拝料(300円)を払って中に入ってみる。と、そこには蓮の浮かぶ池があり、金魚や鯉、亀など、日本ならではの生き物達が見れて心が和みました。

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そして由比ヶ浜を一望できる休憩所でラムネを飲む。何だかガキの頃に戻ったような味と風景でとても心が満たされました…。

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風景を楽しんで階段を上って行くとそこには千体地蔵なる看板と3体の地蔵があり、?を頭に浮かべながら辺りを見渡すと四方の崖に小さな地蔵がズラーッっと並んでおり、少しビビりはしましたがこれが千体という由縁か…と、僕は少し似たようなことを謳っている故郷の島を思い出すのでした…。

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それから奥に進むと観音ミュージアムなる施設があり、ここでも入場料(300円)を支払い中へ…すると5分程の映像と、造られた当時から一切手を加えていない(故に壊れている物もある)何十体という様々な観音像を見ることができ、仏像マニアの僕にはとても堪らない時間でした。誘い主も中々興味深げに見ていて、楽しかったと言ってもらえた時には少しホッとしました(僕には少々暴走癖があるので…)そしてミュージアムを鑑賞し終わったあと、そのまま本堂まで進むとこれまたびっくり、滅茶苦茶でかい十一面観音菩薩像があり、戦々恐々してしまいました。(撮影は禁止でしたが調べてみるとどうやら10m近くあった模様)また、その造形の美しさに、大昔の日本人の類い稀な技術と美的センスに打ちのめされ眩暈を起こしそうになりましたが何とかそのパワーに負けるかと踏み止まり、前に進んでお参りをしてまいりました…。なんだか流れで入ったけど良かったなという意見が皆一致したのでホッと一安心していたところに珍しい服が並んでいる店を見つけ、思わず足を踏み入れてみると何とも美しい手織り、手染めの衣類が並んでいるではないか…。僕は完全に暴走スイッチが入ってしまい何か良いものは無いかと必死に目を凝らしたところ…有りました…。僕の嗜好、理想に近い衣類が…。(お洒落的にはハーレムパンツというのかな?)その美しいズボンに僕は一目惚れしてしまい初めて衣類1着に5000円という金額を出して手に入れました。何せ他の所には売ってないような代物でしたので…。

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さぁ、沢山歩いていっぱい知見を得、カロリーを消費した後は腹が減るもの。当初は生しらす丼を食べに行くというサイドミッションもあった為そちらのフェーズに移行しようかと思った時、遠くにある看板を見て計画ミスをしていることに気づいた。生しらすなんてその日揚がる数に制限があるのは当たり前、数量限定であったことを再認識したのです。ヤベェ…ヤベェよぉ…とそこらを歩いているとなんとまだ生しらすを取り扱っているお店が…!予定していた店とは違いましたが今食わずには何とやら!即行で飛び込み席に着く。するとなんと予定してた店より安く、ボリュームもあるではないか!一口食べると納得の味、これが生しらすか…ちりめんしか食べたことのない僕らにとってはその歯ごたえと香りが絶妙で舌鼓をうち、あっという間に食べ終えたのであった…。f:id:Ent_Yohiii:20170911182914j:image

 

残るミッションは大仏と江ノ島巡礼。大仏は意外と近くにあって10分もあるけば到着、こちらも参拝料(200円)を払い寺院内へ…出ました大仏、デカイ。さっき見た観音像よりデカイ。そして大量の外国人観光客、やっぱり海外の人はBUTSUZOUに興味津々な模様、写真を撮りまくる。僕は女子トイレの声と音が聞こえる微妙な男子トイレで用を足して大仏の胎内観覧へ…に、20円…そんな微妙な金持ってねぇよ…と100円を出しましたが受付のおっさんが手早くおつりを渡してくれたので後ろがつっかえる事もなく無事胎内へ…。が、しかし、ひ、光がねぇ!下りの階段何も見えねぇ…!手すりをガッシリ掴んで降りて行くと汗だくになって外へ出て行く人達とすれ違う。なんだよその汗…一体中でどんな行動をとったんだ…とか思いながら自分達も胎内へ到着。すると……暑い!熱い!酸素が無ぇ!写真など撮る暇もなく中にある説明台を見てあっという間に外へ…。涼しい…。大仏の胎内マジでヤベェよ…人間の胎内の比じゃねぇ…。それでも背中の通気口がガンダムみたいに開いてたのは妙にツボった。

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さぁいよいよ江ノ島へ…長い橋を渡るがここは海風が吹いていてとても心地良かった。

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何故か沢山のレイヤーさんが居た。謎だった。そしてウェイ系のパリピ共が橋の下の海辺でウェイウェイ喚いていてうるさかった。そのウェイ系モンスターは時々橋の上にも出現するため例のゲームのように目の前に立っただけでバトルをふっかけられる事がないよう避けて通る。

さぁ着いたぞ江ノ島。観光客で通りはギッチギチ。みっしりとかじゃなくてギッチギチ。f:id:Ent_Yohiii:20170911183241j:imagef:id:Ent_Yohiii:20170911184530j:image

あと至る所に猫がいる…喉を撫でてやると滅茶苦茶気持ち良さそうな顔をする。島で飼われているのだろうか…観光客向けの記念物のようにそこらにいる。警戒心も0だ。階段を登る先登る先でモフる。可愛かった…。

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そして流れで江ノ島の裏側まで行くことに…遠いよ…反対側…至る所に弁財天がいるし龍がいるし…猫もいるし…カオスだよ…。

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と心の中で思いながら進む、たぶん40分ぐらい歩いてた気がする。すると裏側に着いた…。釣りをする人とインスタ映えにがんばる人達。そして白い猫。僕らが触った時は大人しく撫でられていたけど5歳児ぐらいが撫でるとブチ切れてた…何故だろう…。

そんなことよりもう帰ろう…何キロ歩いたんだよ俺らは…登山の頂上到達後の降りる絶望ってたぶんこんな感じなんだろうな…とか思いながら歩いていたら帰り道のルートはめちゃくちゃ早かった。たぶん20分ぐらい。もう時間も時間だったので商店街も店じまいを始めていた。それでもなんとかお土産を手に入れた連れは満足したようでマリファナも切れ、穏やかな表情になっていた。

という訳で僕はその日、鎌倉及び江ノ島へ1日旅に出たのであった…。部長、誘ってくれてありがとう。凄くいい体験ができました。楽しかったです。またどこか行きましょう。

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(左のチビが僕、隣の長身がヤクガンギマリ部長)

P.S ヤクは程々にな。

Theatrical Lol

soundcloud.com



 

「ほら貴方、しゃんとなさいな。それでは遊園地にも行けません。」

外には柔らかい柿の実が成っている。

「僕、あれが欲しい。」

そう言って黙りこんだ。

「沈黙はね、いつか終わるの。あの柿のように腐って。

 此の世はね、美しいものから先に消えて行くの。」

「それはどうして?」

稚児は問う。

良いわ、教えてあげる。

「いつの日か、人はまた争い合う。すると目の前がとても美しく見えるの。

 そして今まで気づかなかった優しい人を集めて壊してしまう。

 そして二度と過ちを犯さぬように神に誓うの。

 それでも今度は美しいモノが人を壊すの。二度と逃げられぬように。」

 

ーー百年ーー

 

秒針は五十六秒を指す。瞬きを終えた瞬間だった。

光った。

何事かと思った世界、そして汚い泣き声で満たされた世界。

「嗚呼、これが母さんの言ってた事か…。」

 

掃除が終わった頃、また世界は回りだします。

 

「いつの日か、人はまた争い合う。すると目の前がとても美しく見えるの。

 そして今まで気づかなかった優しい人を集めて壊してしまう。

 そして二度と過ちを犯さぬように神に誓うの。

 それでも今度は美しいモノが人を壊すの。二度と逃げられぬように。」

 

ーー母が言うーー

「ほら貴方、しゃんとな…